Apr 27, 2010
永久脱毛は東京ですが、自己流で頑張ります。
毛損失の処置は、自己流にしています。今は電気かみそりで処理しています。顔と眉毛は毎日鏡を見ながら豆を処理しています。脇や腕、足は定期的に処理するようにしています。夏には豆に行っています。永久脱毛も考えたことがあります。しかし、永久脱毛のためにサロンに通うのも面倒な気がする。そのお金もかかりますします。これからもこまめに自己流で頑張ります。ハンディサイズ、非常に使いやすいので、しっかりと身体のムダ毛処理が可能な非常にすばらしいアイテムが世の中には、単一のね。それはやはりレーザー脱毛ですね。レーザー脱毛機で、体の毛を処理すればスッキリします。それが家では手のひらに収まるサイズの機械で生じは凄いですね。
28日に全国一斉公開される映画「プリンセス トヨトミ」をPRしようと、映画の舞台となった大阪城天守閣(大阪市中央区)が16日夜、クライマックスシーンに合わせて赤くライトアップされた。
【写真特集】炎上!?真っ赤に染まった大阪城の写真
映画は、大坂夏の陣以降ひそかに続いてきた独立国家「大阪国」の存在が、会計検査院の調査で明らかになるという奇想天外な物語。
大阪城西の丸庭園であった点灯式には、俳優の堤真一さん、女優の綾瀬はるかさんら出演者や橋下徹大阪府知事、平松邦夫大阪市長が出席。普段は水銀灯に照らされる天守閣が、3時間半にわたって赤く染まった。【小林慎】
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ローマ法王ベネディクト16世の使者として来日したロベール・サラ枢機卿が16日、東日本大震災で被災した宮城県松島町を訪問した。サラ枢機卿は日本三景の松島を視察し、遊覧船から犠牲者へ鎮魂の祈りをささげた。
サラ枢機卿ら10人の視察団は13日に来日。14日に福島県いわき市の被災状況などを確認し、宮城県松島町に入った。
同町の西村晃一副町長が宮城県職員だった平成7年、阪神大震災のボランティア活動のために神戸市を訪れた際、同市内のカトリック教会で寝泊まりをしたのがきっかけで同教会関係者と交流ができた。
今回の東日本大震災後、阪神大震災時に知り合ったカトリック教会関係者を通じ、サラ枢機卿の来日を知り、教会側と連絡を取ったところ松島訪問が実現した。
視察団は国宝の瑞巌寺を拝観後、遊覧船に乗船。サラ枢機卿は「神が、犠牲となられた方々へ永遠の安息をお与えくださいますように」と祈りをささげ、海に花束を投げ入れた。
サラ枢機卿は「災害は体と財産と命を奪うが、心を失わせることはない。被災者の方々は常に希望を持ち続けてほしい」と話した。
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仙台市にある弥生期の「沓形(くつかた)遺跡」(仙台市若林区)に、2千年前に東日本大震災と同規模の巨大津波が到達していた痕跡があることが、東北学院大学の松本秀明教授の調査で明らかになった。現在の海岸線から内陸に4キロにある遺跡の砂の層で、平安期に巨大津波が襲ったという古文書もあり、東北地方の太平洋岸には千年ごとに3度の巨大津波が襲来したことになる。(石田征広)
沓形遺跡は、仙台平野の太平洋沿岸を南北に走る仙台東部道路の仙台東ICのほぼ南隣に位置する。地下鉄東西線の整備に伴い、仙台市教育委員会が「水田跡の上にえたいの知れない砂の層がある」として、松本教授に調査を依頼した。
調査の結果、約2千年前の弥生期の海岸線から内陸に2・5キロの遺跡から巨大津波に運ばれたとみられる砂の層を確認した。地形学を専門とする松本教授は、これまでも個別の地形の来歴を明らかにするため、考古学の遺跡発掘現場に足を運び、地層を調べていた。インド洋大津波に襲われたタイ・プーケット島を調査した経験から、巨大津波に運ばれた砂が堆積するメカニズムを解明していた。
沓形遺跡の砂の層は粒ぞろいで、当時の海岸線までたどることができた。松本教授は「洪水で運ばれる砂は不ぞろいで、粒ぞろいの砂の層が当時の海岸線までたどれる。考えられるのは津波。インド洋大津波でも内陸まで砂が運ばれた。津波には地層をつくる大きな力がある」と説明する。
松本教授は4月下旬、今回の巨大津波の現地調査を実施、津波で堆積した砂の層について解析した。この結果、今回の巨大津波で堆積した砂の層は内陸に2・3〜3・0キロまで達していた。沓形遺跡は当時の海岸線から内陸に2・5キロまで到達したとみられる。松本教授は「沓形遺跡は弥生時代の津波が運んだ砂の層のほぼ先端」としており、東日本大震災に匹敵する津波が起きていたことになる。
平安期の歴史書「日本三代実録」には869(貞観(じょうがん)11)年に起きた三陸沖を震源とする貞観地震(死者約千人)で巨大津波が起きたという記述がある。松本教授は貞観地震に伴う津波についても、当時の遺跡として知られる沼向遺跡(仙台市宮城野区)のデータを解析した。
その結果、貞観地震に伴う大津波が運んだ砂の層は確認されているだけでも当時の海岸線から内陸に2・4キロに達していることが分かった。これで、沓形遺跡に痕跡のある弥生期の津波を含めると、東北の太平洋沿岸は東日本大震災を含め千年単位で3度も巨大津波に襲われたことになる。
松本教授は「過去に仙台平野が、東日本大震災に匹敵する巨大津波に2度襲われたことを知っていたとしても、それがまさか今日(こんにち)来るとは…。しかし、現実に起きてしまった。過去の災害に学んだ津波防災策を期待したい」と話している。
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